こよみの学校

第151回 インドネシアの皇紀―独立宣言文の日付にも

インドネシアと皇紀

インドネシアは人口が2億5000万人を越える多民族国家です。大小約1万3500の島々におよそ300の民族が暮らしています。公用語はマレー語系のインドネシア語ですが、600近い言語が日常的に使われています。宗教もイスラーム人口が85%を越えますが、キリスト教が10%ほどを占め、バリ島はヒンドゥー教の影響の強さで知られています。このように複雑な民族、言語、宗教からなる国家ですが、17世紀以来ほぼオランダの統治下におかれてきました。

インドネシアは人口が2億5000万人を越える多民族国家

そのオランダ領東インドに1942年、日本軍が侵攻し、同年3月にはジャワ島を占領して軍政をしいたのです。日本による統治はポツダム宣言受諾による敗戦まで約3年半つづきました。この間、日本の暦が適用され、紀元は皇紀を使用するよう布告されました(1942年4月29日付)。その年は西暦の1942年でも、元号の昭和17年でもなく、皇紀2602年であることを明記したのです。

したがって、日本軍政下でつかわれたカレンダーには皇紀が使われています。わたしは皇紀2604年の壁掛けカレンダーをバリ島で見せてもらったことがあります。そこには次のような暦情報が記載されていました。

皇紀以外にサカ暦が紀年法としてつかわれています。これは西暦78年を紀元とするヒンドゥー暦です。

曜日は日本語のローマ字表記に加え、アラビア語系の単語が並んでいます。ただし、土曜日はポルトガル語系の単語です。最下部の欄外を見ると、左半分はNIPPONの項で、1月の年中行事=祝日として四方拝(歳旦祭)、元始祭、新年宴会が特記されています。その右半分にはバリ伝統行事の日、イスラームの行事、中国の行事がリストアップされています。

皇紀の日付で署名されたインドネシア独立宣言文

1945年8月15日、日本は敗戦国となりました。その2日後、独立運動を指導していたスカルノとハッタは独立を宣言しました。おどろくべきことに、日付は皇紀でした。手書きの草稿ではDjakarta 17-8-´05とあり、タイプ打ちの宣言にはDjakarta, hari 17 boelan 8 tahoen 05とみえます。05は言うまでもなく皇紀2605年のことです。

 

宣言文を読み上げたのはスカルノであり、後に大統領となります。ハッタは副大統領をつとめました。ではなぜ皇紀が使われたのでしょうか。いくつかの解釈があります。

「かれらによって皇紀が無意識に使用されたことは、むしろ日本軍政による日本的なものの押しつけが、いかにきびしかったかを示しているといえる」(鈴木、1977:227)と述べる研究者がいる一方、「05年というのは、西暦を避け、日本の皇紀二千六百五年に依ったアジア・ナショナリズムの結果である」(総山、1998:63)と言い切る方もいます。判らないと言い、「たんなる習慣のためだろうか、それとも日本側をして従来のコミットメントを忘れさせない深慮からだろうか」(斉藤、1977:206)と自問自答する人もいました。

日本軍政による日本的なものの押しつけ

皇紀はオランダの支配下で使われていた西暦に対峙するものであり、独立運動を展開していた人びとには受容しやすいものであったにちがいありません。しかも、日本は1945年3月には独立準備調査会の設置を発表し、5月にはその活動が開始しています。共和国としての憲法草案まで決定していました。さらに、7月17日には独立認容を正式に決定し、8月18日には独立準備委員会を発足させる予定でもありました。そうしたなか、8月15日に日本は降伏しました。16日には軍政監部の西村総務部長邸で物別れに終わるスカルノ、ハッタらとの交渉がなされました。そして17日未明、前田海軍武官邸で熱烈な討論の末、最終文案がまとまり、午前10時、スカルノの私邸で独立宣言が読み上げられたのです。

現在も見られる日本の暦法

現在のバリ・カレンダーのなかには皇紀をのせているものがあります。たとえば、バンバン・スアルテ氏のカレンダーにはICHIGATSU 2673とみえます。曜日にもNichiy?bi, Getsuy?biという記載があります。日本統治の痕跡が今につながっているのもおどろきです。

【参考文献】
斉藤鎮男『私の軍政記』日本インドネシア協会、1977年。
鈴木恒之『世界現代史5 東南アジア現代史Ⅰ 総説・インドネシア』(第V章)山川出版社、1977年。
総山孝雄『ムルデカ!インドネシア独立と日本』善本社事業部、1998年。
中牧弘允「メディアとしての暦―朝鮮・台湾・インドネシアにおける元号と皇紀」『関西学院大学社会学部紀要』130号、2019年。

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