こよみの学校

第143回 在日外国人向けカレンダー⑥ムスリム

日本に暮らすムスリムと日本のモスク

イスラーム教徒のことをムスリムと言いますが、実は女性の場合はムスリマが正しい呼び方です。しかし、ここでは総称としてのムスリムを使います。日本に暮らす外国人ムスリムは1980年代中頃から増加の一途をたどっています。当初、パキスタンやバングラデシュからの一時滞在者が増えましたが、不法就労の取り締まりがきびしくなり、つぎにイランからの来日者が押しかけてきました。しかし、1990年の入管法の改正で日系人の就労に門戸が開かれると、ムスリムの外国人労働者は激減しました。それにもかかわらず滞在し続けたムスリムのなかからハラール食品の販売や中古車販売などの自営業をはじめる人たちがあらわれました。もちろん大学や民間企業にはエジプトやインドネシア、マレーシアなどからの留学生や研修生が多数滞在しています。こうして全国各地にイスラームの礼拝所であるモスクがもうけられていきました。

女性の場合はムスリマが正しい

日本のモスクと言えば、東京と神戸のそれが有名です。神戸モスクは1935年に建てられた現存する日本最古のモスクです。他方、東京モスクは正式名称としては東京ジャーミイ・トルコ文化センターと称しています。ジャーミイとはトルコ語で礼拝堂のモスクを意味しています。ここは1917年のロシア革命のときにロシアに居住していて、旧満州経由で日本に亡命してきたトルコ人たちが創設したモスクです。これまた長い歴史をもっていますが、1986年、老朽化した建物は取り壊されました。そしてトルコ共和国の資金援助を受け、2000年に現在のオスマン・トルコ風の堂々とした建物が完成しました。

 

暦法の異なる日本のムスリム向けカレンダー

2004年に東京モスクが発行した6枚物のカレンダーにはジャーミイの全景や部分、あるいは礼拝の情景写真がのっています。月表は西暦にもとづいていますが、その右にイスラーム暦が対置されています。イスラーム暦は純粋な太陰暦です。ひと月は29日か30日なので、西暦のひと月はイスラーム暦のそれがふた月にまたがる格好となっています。興味ぶかいことに、文字情報はアルファベットのトルコ語と英語のみで、アラビア文字は使われていません。また、日本の祝日は西暦に赤字でマークされているにすぎず、イスラームの祝日のように欄外に英語による説明もありません。そうしたことから、このモスクはホスト社会である日本の暦法を優先させ、イスラーム暦との共存をはかっていること、とはいえ祝日はイスラーム行事を重視していることが読み取れます。

桜井啓子『日本のムスリム社会』ちくま新書

日本にはモスクを拠点としないイスラームの団体もあります。たとえば、宗教法人イスラミックセンター・ジャパンがその一例です。この団体は日本人ムスリムを中心に1952年に設立され、1968年に法人格を取得しました。その目的には「少数派のムスリムが日本社会と協調しながら、イスラームの教義を実践していく道筋をつくること」と掲げられています。

イスラミックセンター・ジャパンが発行したイスラーム暦(ヒジュラ暦)1426年のカレンダーを見てみましょう。西暦に変換すると2005年から2006年にまたがります。在日外国人のムスリムを含むことは当時のKDDIの広告にバングラデシュ、パキスタン、インド、スリランカ、インドネシア、ナイジェリア、ガーナへの電話料金体系が記載されていることからもわかります。注目に値するのは、純粋の太陰暦であるイスラーム暦の1年=354日(閏年は355日)が中心となっていることです。他方、西暦の日付は、イスラーム暦の日付の下に小さな数字で印字されているだけです。つまり、イスラーム暦が主で、西暦が従という扱いを受けているのです。ただし、イスラミックセンター・ジャパンのホームページからプリントアウトできる最近のカレンダーは、西暦の月ごとの枠組みにイスラーム暦が併置されるといった体裁をとっています。

イスラーム暦(ヒジュラ暦)1426年のカレンダー

ムスリム向けの二つのカレンダーは暦法の主従を異にしています。それもまた日本に暮らすムスリムの現状を示唆していて、カレンダーがその証人になっているのです。

【参考文献】
桜井啓子『日本のムスリム社会』ちくま新書、2003年。

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