海外に移住する中国人はチャイナ・タウンとよばれる集住地区をつくることに熱心です。日本では横浜の中華街や神戸の南京町が典型ですが、東南アジアには枚挙(まいきょ)に暇(いとま)がないほど存在し、アメリカでもロサンジェルスやサンフランシスコをはじめ、各地に点在しています。世界の主要都市には必ずといっていいほどチャイナ・タウンがつくられ、中華料理店や食品雑貨店を中心ににぎわいを見せています。
横浜や神戸のレストランや商店が名入れのカレンダーを顧客に無料配布するのも年末の風物詩です。ただし、年末といっても陽暦(西暦)と陰暦(旧暦、農暦)の2回あり、カレンダーは主に陽暦にあわせて配られます。いっぽう、行事のほうは陰暦にもとづく春節に集中しています。
カレンダーも陽暦と陰暦の双方を記したものが必需品となっています。また、除夕(じょせき。春節の前夜)や清明節(せいめいせつ。二十四節気の一つで墓まいりをする日)など中国起源の歳事が盛り込まれていることが重要です。さらに、中国の年画(十二支や神など縁起の良い絵画)が描かれていれば、文句なしです。「福」や「財源廣進」などの文字を配したものも歓迎されます。
とはいえ、そうした条件をすべてそなえたカレンダーは入手も困難です。そのため、市場にでまわる名入れカレンダーのなかから理想に近いものを選択することも少なくありません。
たとえば、中華用の食品材料をあつかう会社が配布したカレンダーを見てみましょう。それは干支と七福神をテーマとする定番のものです。では、なぜこのカレンダーを選んだのでしょうか。想像をたくましくすれば、いくつかの理由が浮かびます。
ひとつは、商売繁盛・不老長寿で縁起のいい七福神ですが、そのなかに中国系の福禄寿(ふくろくじゅ)と寿老人(じゅろうじん)が含まれていることです。図柄をみると、背景に中国風の山水図が描かれ、手前には福禄寿に随伴する鶴があしらわれています。鹿を従えた寿老人の姿も認められます。
さらに、布袋(ほてい)も中国人にほかならず、大きな袋を背負い、太鼓腹を突きだしています。袋は托鉢(たくはつ)のためと言われ、堪忍袋(かんにんぶくろ)とも解されています。ふくよかなお腹のほうは富貴繁栄(ふうきはんえい)の象徴であることは言うまでもありません。
しかし、このカレンダーを選んだもうひとつの決定的な理由があります。それは、日付の下に「旧1・1」「旧1・15」といった旧暦が印字されていることです。華僑華人社会では春節(陰暦の元日)や元宵節(げんしょうせつ)(陰暦の正月15日)をはじめ陰暦が生きています。実際、旧暦で誕生日を記憶し、その日付でお祝いをする一世・二世は少なくありません。
しかしながら、華人の若い世代では陽暦の誕生日を祝うのが普通であり、陰暦の誕生日を認識していない場合もあるようです。横浜中華街出身の文化人類学者、陳天璽さんによると、若い華人にとっては、陰暦は「家族の行事」につながり、誕生日のような「個人の行事」は陽暦が支配していると言います。
しかし、おなじ陳さんによれば、近年の中華街では陰暦を積極的に活用し、集客力をあげる動きが活発化しているそうです。これまで家族中心に祝っていた春節や元宵節が派手になり、横浜では真夜中のカウントダウンや獅子舞などの行事をおこなって、集客力に貢献するようになりました。長崎のランタンフェスティバルもその成功例と言えるでしょう。
華僑華人社会では二つの時間が息づいています。陽暦と陰暦を使い分け、家族の行事と地域の祭りが噛み合っています。正月を2回おこなうだけでなく、「こどもの日」も陽暦と陰暦でお祝いしています。それに七五三やクリスマスがくわわり、こどもたちにとっては年がら年中、楽しい行事のオンパレードです。
【参考文献】
陳天璽「陰陽ちゃんぽん暦で多文化を生きる」『民博通信』No. 109、2005年、8-9頁。