こよみの学校

第208回 世界の先住民の国際デー

国連の記念日

8月9日は国連が定めた「世界の先住民の国際デー」(International Day of the World’s Indigenous Peoples)です。それは「国際先住民の日」ともよばれています。1994年12月23日の国連総会で決まりましたが、この日は、1982年に国連先住民作業部会がはじめて会合を開いた日にちなんでいます。土地を奪われ、自文化の存続も危ぶまれるようになった先住民に対し、その権利や文化を保護し推進するために国連が乗り出した記念日なのです。国連はその後、1993年に「世界の先住民の国際年」をもうけ、1995年から2004年まで「世界の先住民の国際の10年」を推進するとともに、2007年には「先住民の権利に関する国連宣言」が可決されました。他方、国際労働機関(ILO)でも1989年に先住民の人権に関する条約を採択しています。

国立アイヌ民族博物館の開設

そうした動向に呼応し日本でもアイヌ民族を対象に法律が整備されました。1997年には「北海道旧土人保護法」に代わって「アイヌ文化振興法」が成立し、アイヌ文化振興・研究推進機構が設立されました。その11年後、国会でアイヌを「先住民族」と認定する決議が可決され、それを受けて2019年に「アイヌ施策推進法」が採択されました。そうして2020年に北海道白老に民族共生象徴空間(愛称ウポポイ)の中核施設として国立アイヌ民族博物館が開設されました。

国立アイヌ民族博物館は「先住民族アイヌの歴史・文化の正しい認識と理解の促進、新しいアイヌ文化の創造・発展への寄与」を理念に掲げ、アイヌ民族を主役として常設展示を構想し、さらに文化伝承、人材育成にも力を注ぐ博物館として活発な活動を展開しています。わたしも一度、足を運んだことがあります(「アイヌ文化と和人文化―国立アイヌ民族博物館のビーズ展に寄せて」
https://www.senri-f.or.jp/tsuredure013/2021/10/06/

北海道では「世界の先住民の国際デー」にあわせ各地で講演会やシンポジウム、あるいは各種のイベントなどが開催されています。帯広のアイヌ文化交流会もそのひとつで、2010年から毎年開催されています。その13回目に当る2022年には7月31日に伝統工芸品の展示に加え、アイヌ古式舞踊の披露や伝統楽器ムックリの演奏がおこなわれました。

在日ネパール人の集会

愛知県では2000年から2009年にかけてネパール人先住民連合が毎年のように、この時期、講演会と文化公演を実施していました。これは日本に超過滞在し非正規に就労するネパール人の先住民が中心となって開催していたものです。ネパールの先住民といっても、おおかたの読者には初耳かも知れません。実は、ネパールは2008年までシャハ王朝というヒンドゥー王国でした。国王や貴族は北インドからきたタクリーという戦士カーストで、約250年にわたりブラーマン(祭祀カースト)やクシャトリヤ(戦士カースト)が支配する体制を敷き、先住の諸民族を抑圧してきました。公用語であるネパール語の使用、国教としてのヒンドゥー教の押しつけ、カースト体系への組み込みなどがその一端です。他方、諸民族の一部は軍人や官吏として王朝の支配体制に取り込まれ、民族としての覚醒や抵抗は抑えられてきました。

日本に移住したネパール人の多くはタカリー、マガール、タム、タマン、チャンティヤール、シェルパなどの諸民族であり、それぞれの民族団体を立ち上げるとともに、ヒンドゥー教のカースト制に反発を強めていました。国連による「世界の先住民の国際デー」に合わせた動きはネパールの国内でも、また日本のような移住・滞在先でも活発に推進され、自己決定権の拡充や政教分離の法制化などを求めるようになったのです。文化人類学の分析概念としてはトランスナショナリズム、つまり移住者による出身国と定住先の国を結びつける思想運動とみることも可能です。

本国の政治動向と連動した運動がネパールの先住民族のあいだで「世界の先住民の国際デー」に合わせて見られ、今でも場所を変えておこなわれていることは注目に値します。

【参考文献】
佐々木史郎 2020 「アヌココ アイヌ イコロマケンル―新国立博物館設立への道」『季刊民族学』171号(特集「先住民のいま」)、千里文化財団、3-10頁。
南真木人 2011 「国際先住民の日」『月刊みんぱく』8月号、国立民族学博物館、20-21頁。
南真木人 2020 「バフンのように笑うな、マガールのように笑え」『季刊民族学』171号(特集「先住民のいま」)、千里文化財団、40-47頁。
南真木人 2022 「トランスナショナルなネパール人移民―1990年代在留ネパール人無資格就労者の社会組織と活動」三尾稔編『南アジアの新しい波 下巻 漂流する南アジアの人と文化』昭和堂、21-51頁。

 

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