こよみの学校

第204回 仏陀の生誕祭 北伝と南伝によるちがい

灌仏会(かんぶつえ)=花まつり

仏陀とはサンスクリット語で悟りをひらいた者のことであり、とくに釈迦牟尼を指します。仏教の開祖、ガウタマ・シッダールタ(サンスクリット語。パーリ語ではゴータマ・シッダッタ)にほかなりません。その仏陀の生誕を祝う行事として4月8日の花まつりが知られています。正式には灌仏会と称し、誕生した仏陀の頭頂に甘茶などの香水(こうずい)を灌(そそ)ぐ仏教行事です。しかし、誕生仏を安置する小堂=花御堂(はなみどう)が春の花で飾られるところから、花まつりという通称も流布(るふ)しています。

宗教の創始者ともなれば、その誕生は超自然的な神秘に満ちています。イエスは聖霊によって身ごもり、処女マリアから生まれたことになっています。ガウタマも母マーヤーの右の脇腹から生まれ、七歩あるいて右手で天、左手で地をさし、「天上天下唯我独尊」と叫んだといわれています。また、九龍が天より下ってその身を灌浴し、地下より蓮花がわき出て足を支えたとの伝承もあります。

生誕祭の日付

新暦で4月8日の誕生日も本来は旧暦の日付でした。中国ではすでに北魏(398-534年)の『洛陽伽藍記』に旧暦4月4日から4月8日にかけての行事として記述されています。一般には誕生仏や本尊などの仏像を中心に練り歩く行事でしたが、灌仏の記録もあり、また白象に乗った仏陀が空中を飛行するといった趣向も見られました。北伝仏教圏=大乗仏教の中国に対し、南伝仏教圏=上座部仏教では2月15日が祭日です。スリランカの太陰太陽暦(シンハラ暦)では2月のことをウェサックと称し、15日の満月の日に、仏陀の誕生・成道・入滅をすべて祝う日として祭礼をおこないます。西暦では4月から5月にかけての頃となります。寺院や聖地などでは電飾のイルミネーションが輝き、いたるところに仏陀の生涯を描いた看板が立つそうです。

北伝仏教圏の生誕祭

韓国では釈迦誕身日という旧暦4月8日は国の法定祝日です。仏教の年中行事では最大級のものであり、手づくりの灯篭が街中にあふれるイベントとなっています。仏教が国教の地位を占めていた高麗王朝(918-1392年)の伝統を引いていますが、農耕儀礼としての意味合いもあり、燃灯会は2020年にユネスコの無形文化遺産に登録されました。参加者が創意工夫を凝らして灯篭をつくり、水辺に浮かべたりして楽しむ行事になっています。ちなみに、マレーシアでも華人の仏教徒に配慮して、西暦5月10日の釈迦誕生日は国全体の祝日として休日に指定されています。もうひとつ、北伝仏教圏では仏陀の誕生・成道・入滅をそれぞれ4月8日、12月8日、2月15日という具合に別個に設定しているところが南伝仏教圏とのちがいです。

東南アジアやチベットの生誕祭

東南アジアにはスリランカを経由して上座部仏教が広まりました。タイではウィサーカブチャー、ラオスではウィサーカブーサー、カンボジアではヴィサークボーチアと呼ばれますが、いずれもウェサックの祭りという意味です。しかも、その祭礼が仏暦の新年の幕開けを飾ることになっています。ミャンマーでもビルマ暦のこの日に在家信者は僧侶に食事を寄進し、仏陀が悟りをひらいたバンヤンの木に水を注いだり、雨乞いの儀礼をおこなったりします。

チベット暦の4月はサカダワと呼ばれ、サカは釈迦をダワは月を意味しています。つまりチベットの4月は「仏陀の月」です。そして満月の15日が誕生・成道・入滅の日であり、この月におこなう功徳は10万倍になるとされています。

卯月八日と灌仏会の符合

ひるがえって日本では、卯月八日(うづきようか)は種子下ろしをする日でもあり、農家ではウツギやツツジの花を束にし、竹竿の先につけて飾る風習があります。それを天道花(てんどうばな)と呼ぶ地方もあり、月と星に供えるという観念が存在しています。また、山の神が田に降りて田の神になるという伝承もあります。いずれにしても農耕的な民俗行事と仏教の灌仏会がはからずも符合しており、妙としか言えません。

【参考文献】
中牧弘允編 2017 『世界の暦文化事典』丸善出版
福田アジオほか編 2000 『日本民俗大辞典』吉川弘文館
柳田聖山 1984 「灌仏会」『平凡社大百科事典』平凡社

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