こよみの学校

第194回 アンティキティラの機械 ― 古代ギリシャの天文機器

1901年、クレタ島の北西沖に位置する小島、アンティキティラの沖合で沈没船から謎の機械が発見されました。高さ13cm、幅15cmほどの遺物で、「アンティキティラの機械」と命名されました。それは青銅製の歯車をもつ機械で、BC150~100年頃につくられ、船自体はBC80~70年頃に難破したとされています。

「アンティキティラの機械」は発見から半世紀あまりほとんど研究されませんでした。正体不明のオーパーツ(out-of-place artifacts、場ちがいな工芸品)として放置されていたのです。というのも、これほど精巧な各種の歯車をもつ機械は、1000年後はおろか、ジェイムズ・ワットが発明した遊星歯車となると18世紀まで出現することはなかったからです。

ようやく1950年代になって天体の位置関係を計算する「古代ギリシャのコンピューター」ではないかと主張する人(デレク・デ・ソーラ・プライス氏)が現れ、TV番組でも取り上げられるようになりました。プライス氏はその後、ガンマ線とX線をつかって内部構造についても調査を進め、1974年に「カレンダー・コンピューター」であるとする論文を公表しました。あわせて復元模型も製作し、「アンティキティラの機械」とともにアテネ国立考古学博物館に展示されました。

1997年、今度は二次元X線画像をつかってマイケル・ライト氏らがプライス氏の復元に異論を唱えるようになりました。その一方、カーディフ大学やアテネ国立考古学博物館などの共同研究プロジェクトが立ち上がり、民間企業や財団などの支援を受け、三次元表面撮影装置やCTスキャン装置を駆使して分析をはじめました。その結果、遺物としては比較的大きいものが7点、小さな断片が75点、あわせて82点が確認され、判読可能な文字も約1000字から2600字あまりに増加しました。

この研究プロジェクトは次々に論文を発表しました。至近の2021年の論文から、暦とも関係の深い点をいくつか紹介しましょう。まず、復元模型全体を見ると、長方形の箱型の前面にひとつの目盛盤、裏面には2つの目盛盤があり、側面には機械を動かす円形のつまみがついていることがわかります。また前(表)面と裏面にはカバーがそれぞれあり、文字が刻まれています。箱の内部に歯車の複雑な組み合わせが存在することは言うまでもありません。

復元模型で表面の表示盤を見ると、地球が中心にあり、月齢を示す月の針が付いています。光線を放つ太陽を付けた針も見えます。さらに黄道十二宮と5惑星の環(リング)もありました。外周の目盛りの環はエジプトの太陽暦を示し、その内縁の目盛りの環は12ヵ月を表わしています。

次に裏面上部の表示盤ですが、235朔望月を19太陽年とするメトン周期(本コラム192話参照)を表現するために1周47目盛りが同心円上に5周あったと考えられています。他方、裏面下部の表示盤ですが、食(日食と月食)が起きる周期と関係しています。サロス周期(本コラムで別稿を用意します)と呼ばれるもので、18太陽年と10日あまりが223朔望月となる周期のことです。これは食の予測に使われました。

2008年、「アンティキティラの機械」の研究プロジェクトは「オリンピア」の文字(OΛIMΠIA)を発見しました。その復元模型を見ると、表示盤は4区画に分かれ、4年周期の四大競技祭典などを示していて、古代ギリシャのオリンピック開催年も知ることができるようになっていました。換言すると、天文の周期だけでなく、人間界の周期もこの機械で把握できたことになります。

最後に、機械の前後のカバーについても言及しなくてはなりません。それは驚くべきことに一種のマニュアルでした。つまり、天文情報の説明文であって、旅行者などが旅先で容易に操作できるように配慮されていたのです。使用されているギリシャ語は北西部のイオニア方言であることもわかりました。

【参考文献】
1. Tony Freeth, Alexander Jones, John M. Steele & Yanis Bitsakis 2008 “Calendars with Olympiad display and eclipse prediction on the Antikythera Mechanism” Nature volume 454, pp. 614–617.
2. Tony Freeth, David Higgon, Aris Dacanalis, Lindsay MacDonald, Myrto Georgakopoulou & Adam Wojcik 2021 “A Model of the Cosmos in the Ancient Greek Antikythera Mechanism” Scientific Reports 11: 5821, Springer Nature.

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