こよみの学校

第174回 外務省カレンダー 「大使」と「平和」と「勲章」と

カレンダーをとおして海外の文化を知ることはわたしが提唱する「考暦学」のひとつの醍醐味です。「考暦学」とは暦を考える学という意味ですが、古(いにしえ)を考えるのが考古学であるとすれば、暦を考えるのが考暦学というわけです。海外のカレンダーをながめながら、その文化のある核心にふれたような気分になるのが魅力です。逆に、日本の文化を海外に伝えるという目的でつくられるカレンダーもあります。そこには日本文化の何らかの核心を示すという隠れた意図が往々にして見られます。外務省の発行するカレンダーはその典型と言えるかもしれません。

外務省が発行する「生花」のカレンダー

外務省は在外公館向けに中綴じの壁掛けカレンダーをつくっています。12枚もののカラー印刷です。大使館や領事館などの在外公館はこれを現地の関係機関や世話になった方々にくばります。日本という国を1年間にわたってPRする格好の手段となっているわけですが、表紙はもとより、月ごとの写真はいずれも生花(いけばな)ときまっています。日本の四季を感じさせるという意味でも生花はカレンダーにふさわしいと言えます。しかしそれ以上に、生花、つまり華道が日本の代表的な国民文化とみなされていることが大きいのでしょう。国民文化というのは明治以来、政府が主導してきた文化をさすといっても過言ではありません。能や歌舞伎、茶道や華道はわが国の伝統として近現代の政府が積極的に保護・育成してきた歴史があります。他方、映画やアニメ、マンガや演歌などは大衆文化に属し、マスコミが売り出し、庶民が熱心に支援してきたものです。したがって、外務省発行のカレンダーに吉永小百合や堺雅人が顔を見せることも、ドラえもんやアンパンマンが採用されることも考えにくいのです。

華道にはいくつもの流派があります。外務省カレンダーには主流4派―池坊、古流、小原流、草月流―から作品が選ばれています。しかも、それぞれ3作品ずつ平等に分配されています。また、生花についての英語の解説がついています。それを見ると、生花は床の間とセットになった文化で、天・地・人を意識した型をもっているだけでなく、線や色、空間や形態に配慮した芸術であると強調されています。自然を愛する心が現代生活にも息づいていることにも言が及んでいます。まさに日本文化を発信する「大使」としての役割を生花が担っているのです。

カレンダーの特徴

生花以外にもこのカレンダーにはいくつかの特徴があります。まず、英語とアラビア数字の表記だけで、漢字は筆字の「生花」だけです。日付の色は日曜日が赤、それ以外は黒です。日曜はじまりの横組みで、ISOの月曜はじまりは採用されていません。最大の特徴は祝日の記載がないことです。日本の「国民の祝日」はもちろん、諸外国の祝日も一切印字されていません。シンプルそのものです。そのかわり、赤丸の透明シールが5つ用意されていて、各国の祝日に合わせて適宜貼ることができるようになっています。世界共通に頒布されるカレンダーとなると、どのような対応が必要になるか、興味深い例といえるでしょう。

「花」や「お茶」はイメージ戦略?

さて、ここからは一般論をはなれ個別具体的な話となります。外務省の元高官が述べていることですが、戦後のある時期まで、日本は軍事国家ではなく平和国家というイメージを打ち出そうと躍起になっていました。在外公館で文化事業をやるときにはいつもお茶とお花をやっていたそうです。そのため生花カレンダーは平和な国、日本をPRする手段だったというのです。さらに、外務省の文化事業部長を長くつとめた方が茶道や華道の資格をもっていて、カレンダーをつくるときに入れ知恵をしたのではないかと推測しています。お茶では絵にならないから、お花だと。

もうひとつ。わたしがサンフランシスコのある日系団体で聞いた話です。そこには暮れに外務省カレンダーが1つ、総領事館から届きます。すると、理事長はその団体で一年間、いちばんよく働いてくれた人にプレゼントとして渡すのだそうです。外務省カレンダーはいわば勲章がわりになっているのです。

【参考文献】

中牧弘允「カレンダーに問う 日本の国際交流」(討論を含む)『Peace and Culture』9(1): 56-69、青山学院大学社会連携機構国際交流共同研究センター、2017年。

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