こよみの学校

第165回 十方暮と不成就日―最悪の凶日

縁起の悪い日

前回、最高の吉日として天赦日と一粒万倍日を紹介しましたが、今回は縁起でもない凶日をとりあげたいとおもいます。凶日には、葬式には友引を避けるとか、結婚式には仏滅をえらばないというような六曜に関するものがあります。また三隣亡(さんりんぼう)のように家作りに凶となっていて、上棟式をおこなわない日もあります。六曜も三隣亡も、じつは旧暦には記載がなく、明治中期から「おばけ暦」や一枚物の略暦に登場しはじめました(本コラム第36回第75回第164回、参照)。これに対し、十方暮(じっぽうぐれ)や不成就日(ふじょうじゅにち、ふじょうじゅび)は旧暦にもしばしば顔をだしていた凶日です。

十方暮 じっぽうぐれ

十方暮は五行説にもとづく暦注で、干支の21番目にあたる甲申から30番目の癸巳にいたる10日間をさします。この間の干支は、五行にあてると甲申(きのえさる)のように甲は木で申は金というように相剋(そうこく)する関係にあるので凶となります。これは五行相剋という観念に由来し、金は木に勝つとされるからです。癸巳(みずのとみ)の場合も、癸は水で巳は火ですから、水は火に勝つ相剋なので凶となります。五行相剋は図示すると下図のようになり、水は火に勝ち、火は金に勝ち、金は木に勝ち、木は土に勝ち、土は水に勝つという関係になっています。他方、五行相生(そうしょう)は、木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ずという関係になります。

十方暮のあいだは天地八方不和で和合、相談、旅行に凶ともいわれ、さらに追い打ちをかけるように十方を途方(とほう)と読み替え「途方に暮れる」と記されたりもしました。

不成就日 ふじょうじゅにち

不成就日(ふじょうじゅにち)は月切り(旧暦)の暦注で、8日間隔で配当されます。

ただし、会津暦でもちいられたくらいで、伊勢暦にも貞享暦にも載っていません。とはいえ、民間ではひそかに使用されていたようです。不成就日ですから、文字どおり万事、事を起こすには良くない日で、結婚、開店、命名、移転、契約など、すべてに凶とされます。

生活における吉凶

かつての平安貴族は吉凶にとても敏感で、凶日には忌みをかたくまもりました。たとえば陰陽道で衰日(すいにち、すいじつ)といって忌みごもりをする場合、それは逆に、体を休める意味もありました。そのため反語的に徳日(とくにち)ともよばれていました。いわゆる忌詞(いみことば)です。衰日(徳日)は現在の休日に相当するとかんがえれば一理あったのです。つまり身体に活力のない日は忌みつつしんで活力の回復を待つというがんがえでした。言い換えると、「忌み負け」しないように身をつつしむという消極的な態度です。

ところが、民間には「忌みに負けない人」「忌みに強い人」がいました。ふつうは身内に不幸があって忌みがかかっているときは、畑や山に行くと草木や作物が真っ黒に枯れると信じられていました。しかし、「忌み負けしない人」のなかには、忌みがかかると急に何事もうまくいき、景気が良くなる人がいました。忌みの力を自分の生活に都合のよい力に変換できる人でした。

漁師が水死体をエビスとよぶ風習も「忌み負け」しない例です。陸ではけがれを避けるために禁忌をきびしく守る漁師が、海上で身元不明の遺体を発見すると、エビスと呼んで陸にもどり、手厚くとむらって豊漁の予兆としました。

吉凶はコインの両面です。固定的に対立するものではありません。臨機応変、柔軟に対応することが肝心なようです。

【参考文献】
高取正男『神道の成立』平凡社、1979年、253-256頁。

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