足元のセンス・オブ・ワンダー
ヤブガラシ

虫たちのレストラン ヤブガラシ

今回は細い巻きひげで巧みに絡みつき、あっという間に樹木を覆ってしまう厄介な雑草の代表選手のようなヤブガラシ。蔓性の植物です。都会のフェンスや植え込みでもよくみかけます。生命力が旺盛で、放っておくとたちまち繁茂して、人家の庭木に絡みつき、いかにも手入れが悪くみすぼらしく見せるため、ビンボウカズラの別名もあります。

写真1

気づくのは、夏になってからが多いかもしれません。長い蔓を伸ばして他の樹木やフェンスに這い上がり、花を咲かせ始めます。花は平たいテーブルのような集散花序で、たくさんの緑とオレンジとピンクの粒々です。写真をご覧になると思い出す方も多いかと思います。私も子供の頃からよくみていた植物です。

グリーンの粒はつぼみで、その中からオレンジやピンクに変わっていくものがポツポツと出てきます。一斉にではなく二ヶ月近く、かわるがわるゆっくり咲くので、全体としてはつぼみのグリーンを含んだこの3色が見られます。

写真2

花期が長く、少しずつ咲くヤブガラシは花の少ない真夏の蜜源として、虫たちには大人気の花で、まさに虫のレストランのような賑わいです。蜜を求めてアリやアオスジアゲハなどの蝶たち、ハナムグリやマメコガネなどの甲虫、ミツバチやアシナガバチ、スズメバチもやってきます。

写真3

虫の観察をしたいなら、ヤブガラシに近づいてよくみれば、必ず誰かしらお客さんがいます。平たいテーブルのような卓上レストランの様子を一度、観察してみてください。私の経験ではスズメバチに遭遇してしまうことも多く、近づきたいけれど近づけないことがあるほどです。

粒のような花をよくみると、花盤と呼ばれる小さなお盆の中に濡れたような蜜を湛え、真ん中にはロウソクの芯のようなものがみえます。そのためロウソクバナという別名もあります。

写真4

オレンジが咲いている花で、咲き始めは中心のめしべの周りに、4つのおしべが立っています。ピンクは咲き終わった花で、受粉が終わっておしべが落ち、和ロウソクの芯のようなめしべだけがツンと大きくなっています。そのためピンクの方が目立ってみえます。

じつは以前、養蜂家の方にヤブガラシの蜂蜜をいただいたことがあるのですが、その味わいに驚きました。白ぶどうのような華やかな香りがあるのです。ヤブガラシがブドウ科であることがはっきりわかる味でした。さぞかし虫たちも美味しいのでしょう。しかし、人間にはまったく不人気で、引き抜いてもなかなか根絶できないので、厄介な雑草とされています。

養蜂家の方は夏の蜜源として残す方もおられますが、人家の周囲でどうしても始末したい場合は蔓植物の性質を生かし、長くなった蔓をくるくるとよく巻いて、ヘビのように地面に置くと、絡みつくものを失ったヤブガラシは自ら成長を止めて、枯れていきます。

もしくは長くなる前の、初夏の出始めにとってしまうことです。最初の芽は小さなものです。いかにもやわらかそうにしなだれて、頼りないような赤い新芽ですが、ほおっておくと、なぜあのときとってしまわなかったのだろうと思うくらい、急激に成長します。

写真5

しかし、ヤブガラシが本当に藪を枯らしてしまうのかというとそうではなく、照葉樹林などの森の中でみかけることはほとんどありません。多種類の草がびっしり地面を覆い隠しているような場所ではヤブガラシはあまり生えてきません。逆に草刈りをして、下草がしっかり処理されているような公園、植え込み、庭などで、なおかつ周囲に絡みつける低木やフェンスのあるような所で繁栄します。

写真6

つまり、バランスよくいろいろな草が生えている場所には生えず、人の手が入り、荒地になった途端に生えるともいえるわけで、人間が介在することによって人工的に増やしてしまっているという側面もあります。土壌や植生のバランスが変われば、自然に他の植物に変わる可能性があります。

ところで毎年、にょっきりと生えてくるこの赤紫の新芽は塩茹でにして、おひたしとして食用できます。漢方では烏蘞苺(うれんぼ)と呼ばれ、全草を乾燥させたものが解熱、扁桃炎、打撲傷などに用いられていますし、生の葉を揉んだ汁は虫刺されにも効くそうです。よく似ている植物はアマチャヅルで、こちらもサポニンが豊富な健康茶として知られています。白い星型の花なので、夏はすぐ見分けがつきます。

写真7

ほとんどの草が古の人々によって試され、薬効のあるものが知られて日常に生かされてきましたが、科学的な薬が当たり前に普及した現在は、ほとんど薬草として見られることもなくなってきています。厄介者の雑草も私たち人間を支えてくれる成分を隠し持っていたり、また他の生き物にとっては重要であることもあります。

少なくとも虫たちにとっては大変なご馳走であることを認識していただければと思います。

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高月美樹 和文化研究家
高月美樹 和文化研究家

月刊婦人雑誌の編集を経て独立。96年から人生に起こるシンクロニシティを探求し、日本古来の和暦に辿り着く。2003年より地球の呼吸を感じるための手帳、「和暦日々是好日」を製作・発行。月と太陽のリズムをダイレクトに受け取り、自然の一部として生きるパラダイム・シフトを軸に講演、執筆、静かにゆっくり活動中。

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