夜、我が家の庭に響く、鈴虫の声。暦の上では立秋を過ぎましたが、まだまだ厳しい残暑の日々が続いています。夏の疲労がたまり、体調を崩すことも多いこの季節。エアコンのきいた部屋で冷え性に悩むなんていうこともある現代ですが、昔の人々は、冷房設備も何もない時代から、暑気払いの知恵をたくさん育んできました。

江戸時代、民衆たちの間では、暑気払いとして甘酒が重宝されていました。この時代に甘酒を売る行商たちが描かれた絵が残っています。うだる暑さに、滋養をつけるため、甘酒は庶民にとって身近な栄養源だったのでしょう。甘酒は、半日で造れることから「一夜酒」とも呼ばれ、俳句では、今も夏の季語とされています。そして昨今、酒蔵では、夏の甘酒がたいへん売れ行きがいいと耳にします。これまで、ふうふうと飲む温かい甘酒は、体をぽかぽかにする冬の飲み物という印象でした。この数年で、私もすっかり冷たい甘酒にはまってしまいました。暑さで食欲減退のときでも飲みやすく、しばし得られるお米の満腹感。栄養満点で美容にも良いという効能を、昔の人々はどこまで知り得ていたのかと驚くばかりです。

一夜酒という言葉を知ったのは、松尾大社で巫女さんをしていた頃でした。春と秋の年に2度、参拝者に甘酒を振る舞う日に「一夜酒」という由縁の記された看板が掲げられていました。はるか神代のむかし、神々の集会に、松尾大神が一夜で酒を造ってもてなし、神々を大いに喜ばせたという伝説。一夜酒の伝説は、神社の祭礼のなかで、全国各地にも伝わっているようです。酒の歴史深い奈良、大神神社では、杜氏の祖神である高橋活日が、一夜で神に捧げる美酒を醸したと伝わります。どれも、神々に喜んでもらおうと捧げられた御神酒がはじまり。神代の一夜酒のご利益と結びつき、甘酒は今も親しみ深く、私たちを健やかな身体に導いてくれるのです。

あっという間のお盆休みを過ごして、京都は五山送り火を迎えます。洛西で育った私は、毎年その夜になると、家族でぞろぞろと歩いて桂川へでかけ、遠くの山に大文字の炎が燃えゆくのを眺めました。人々が川に浮かべる灯篭流しの灯りを見て、いよいよ夏の終わりを感じて切なくなるものでした。夏休みの思い出が走馬灯のようにかけめぐり、現実へと引き戻される瞬間は、大文字山に点火されるときから始まっているのかもしれません。お盆でお迎えしたご先祖さまの思い出を振り返り、また送り出すのと同じくして、一夜のはかなさに、現世の夏の短さを憂う気持ちが、いっきに押し寄せてしまうのでした。

※甘酒といえば、大きく分けて2種類のものが主流です。酒粕に水と砂糖を加えて造るものと、米麹から造るものがあります。酒粕から造ると微量にアルコールが含まれますが、米麹から造る甘酒には、アルコールは含まれず、子どもも安心して飲むことが出来ます。砂糖を加えなくとも発酵による自然な甘さが特徴です。(→6月「竹酒」コラムでも紹介)

驚きの大人のデザート、ひんやりシャーベットでいただく日本酒。アルコールはそのままに、爽やかに甘い口どけを楽しめます。冷却したお酒をグラスに注いだ瞬間、液体だったお酒がみぞれへと変身する不思議な現象。その秘密は、0℃では凍らないお酒の性質にあります。清酒は、冷凍庫で静かにゆっくりと冷却していくと、-10℃以上になっても液状を保ちます。この状態に振動を加えることで、バラバラだった分子が結びついて結晶し、シャーベット状に変化するのだとか。氷室で貴重な氷を蓄えていた平安時代からしてみれば、現代でしか味わえない驚きの趣向品です。

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