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この週末、写真家で森林インストラクターの杉本尚隆さんのガイドで、秦野盆地湧水群〜震生湖〜澁沢丘陵を歩いてきました。

春の初めの歌枕 霞たなびく吉野山
          鴬 佐保姫 翁草 花を見捨て帰る雁(梁塵秘抄)

春らんまんの季節を迎えると、ついつい口ずさみたくなる大好きな『梁塵秘抄』の今様歌です。

「はるのはじめのうたまくら かすみたなびくよしのやま 
      うぐいすさほひめおきなぐさ はなをみすててかえるかり」

今様は当時の流行歌で、どのような節をつけて歌われたのかはわかっていませんが、ただ読んでみても、美しいリズムの日本語で、春の歌枕のオンパレードになっています。

丘陵ハイキングは、この歌枕をリアルに体験する天国のような旅でした。桜(枕詞は吉野山)や桃が咲き、上手になった鴬の、長い長い谷渡りの声が響く中、樹木が一斉に芽吹いて、佐保姫がやわらかく微笑み始めていました。最初に立ち寄った今泉湧水池ではマガモがバシャバシャと羽ばたいて、長旅の準備運動をしているかのようでした。花盛りを迎えたいちばん美しい季節に、渡り鳥たちは北にむかって帰っていく。「花を見すてて帰る雁」は多くの歌に詠まれ、日本人の心に深く染み込んでいるようにおもいます。

春霞立つを見捨ててゆく雁は 花なき里に住みやならへる (古今和歌集)

私は善福寺川沿いに住んでいるので、毎年、花いかだの川面を泳ぐ鴨たちをみると、そろそろ帰る頃だなあとつい立ち止まって、名残り惜しく眺めることが恒例になっています。

さて、今回の渋沢丘陵では、たくさんの翁草の花が咲いていました。園芸品種としてみかけることはありますが、山地に自生する姿は、やはり別格の風情があります。前述の『梁塵秘抄』が編纂されたのは平安末期。現在のように絶滅危惧種として希少だったわけではなく、もっと身近に存在する植物だったとはいえ、数ある植物の中で「春の歌枕」に選ばれているのは、地面からにょっきりと立ち顕れ、春の精が物化したかのようなその特異な姿が、やはり人々の目をひきつけていたからではないでしょうか。

花や茎も白い毛に包まれているので、すでに翁の気配は十分あるのですが、花が終わったあとにできる綿毛はまさに老人の長い髭をおもわせます。長寿のイメージから春の永からんことや、平安が続くことを願う気持ちもこめられているのでしょう。日当りのよい開けた草地の中でひときわ目立つのは、湾曲する茎の形でした。花はもとより、この茎の優美さが、翁草の魅力だとあらためて感じました。

ところで震生湖は、1923年の関東大震災による丘陵の大崩落が谷川を堰き止めたことで生まれた自然湖で、自然湖の中では日本でもっとも新しい湖だということです。

山さけて成しける池や水すまし (寺田寅彦 )

物理学者の寺田寅彦が、東大地震研究所の所員としてこの地を調査したのは1930年のことだそうです。大地の激しい変動が作った池に、静かなさざ波が立っていました。

今年はじめての、黄蝶をみました。輝くような陽射しの中で、ちらちら、ちらちらと舞う姿は、春の光そのものが踊っているかのように眩しく、何か小さな幻を見ているようでもありました。夏の間、何度も世代交代を繰り返す蝶は、晩秋になると成長をとめ、それぞれの種類によって卵やさなぎの状態で休眠して春を待ちますが、珍しく成虫のまま越冬する黄蝶は、まさに不死鳥ならぬ不死蝶です。暖かい日向を好んで、早春から飛び始めます。

どこからともなく顕われる蝶の存在は東西を問わず、古くから霊魂の化身、再生の象徴とみなされていたようです。万葉集に蝶が詠まれなかったのは、蝶は死者の化身であり、この世のものではないものとして恐れられていたからだと考えられています。 

「この花、母が大好きだったなあと、ふと足をとめて眺めていたら、その花にね、黄色の蝶がとまったの」お母様を亡くされて傷心していた友人が、こんな話をしてくれました。数日後、駅へ行く途中にある、その花の前を通りかかるとまた蝶がやってきて、同じ花にとまりました。近づいてよくみてみると、その蝶には翅に傷のような特徴があって、間違いなく先日の蝶だったのだそうです。蝶は近づいても逃げようとはせず、彼女が立ち去るまで動かなかったといいます。そしてなんと、その翌日も同じことが続き、あまりの不思議さに「蝶はどうしても母の化身なのではないかとおもえて、涙が止まらなくなった」ということでした。

蝶をみると、やはり「胡蝶の夢」を思い出します。荘子は夢のなかで胡蝶となって、何者にも束縛されることなく、自由に、無為自然に、空を舞います。目覚めると荘子に戻っていましたが、果たしてそれは荘子の夢だったのか、あるいは胡蝶の見ている夢が自分なのかと問い、どちらも万物が変化する中で起きた現象の一面に過ぎないのだと説いています。夢か現か、「胡蝶の夢」を下敷きにして詠まれた和歌は実に数多く、つねに両面があるだけで、絶対的なものは存在しないという日本人の宇宙観に少なからぬ影響を与えてきたようにおもえます。どんなときでも、命の根源的なつながりを見つめ、自然の一部であることを実感する日々を送りたいものです。

近年、量子力学が探究してきた素粒子の動きは、結果的に観測者の意識を投影するという事実につきあたり、科学の分野でも、主観と客観の世界は融合しつつあります。先日、白鳥哲監督の映画『祈り〜サムシンググレートとの対話』を観てきました。遺伝子学の第一人者、村上和雄博士の証言をはじめ、欧米の科学者達の最先端の研究をまとめたドキュメンタリーです。近い将来、人の思いや祈りの力が科学的に証明される日がくるようです。友人のみた黄蝶も、彼女の心にあるものが物化として、この世界に顕れていたのかもしれません。

ももとせは花にやどりて過ぐしてき この世は蝶の夢にぞありける   大江匡房

みし夢も胡蝶の夢も何かいはん 我が思ひ寝の我が身なりける   後柏原院

かりの世の色をはかなみ散る花に まじる胡蝶も夢をみよとや   正徹

 

※昨年公開された映画『祈り〜サムシンググレートとの対話』は口コミで評判が広がり、現在もロングラン上映されています。

http://www.uplink.co.jp/movie/2012/717

にわかに暖かくなりました。うらうらとした陽気に包まれ、生きとし生きるもの、すべての営みが祝福されているかのようです。自ずと心がのびやかになり、呼吸が深くなっていくのを感じながら、世田谷区上馬の閑静な住宅街を歩いていたときのこと。路肩のつつじの植え込みの中からコ、コ、コ、コと小さな鳥のような声が聴こえました。しゃがみこんで、そっと枝を掻き分けてみましたら、枯葉の中にうずくまる小さなカエルを見つけました。

覚めきらぬ者の聲なり初蛙 相生垣瓜人

子供の頃、雨が降るとよく玄関の前に、下駄のように大きなガマガエルがいたことを思い出しました。毎年、同じところに居て、土地の主のようでもありました。「ヒキガエルは時々、身体に似合わず、すごく可愛い声で鳴くんですよ」と、塚田有一さんが教えてくれました。きょう出逢った蛙はお腹の模様をみると、やはりヒキガエルのようですが、若いからなのか、まだイボのない滑らかな皮膚で、まるで初めての越冬から目覚めたかのように、小さな目をしょぼしょぼさせて、たよりなげにみえました。オタマジャクシの多くは、他の水中生物や鳥に捕食され、蛙になれる個体はごくわずかなことでしょう。運よく蛙になれても天敵が多いことに変わりはありません。無事に生き延びて、よいお嫁さんが見つかりますように。「痩蛙負けるな一茶是にあり」という一茶の有名な句がありますが、思わず、がんばって!とエールを送りたくなりました。

「やまと歌は人の心を種として、よろずの言の葉とぞなれりける」「花に啼く鴬、水に住む蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける」これは、古今和歌集の序文です。初音の次は、この序文の通り、初蛙となりました。夏になると大合唱を始める蛙ですが、俳諧では春の季語、その年に初めて声をきくことを初蛙といいます。出会うときの時間帯や、声の遠近によって昼蛙、夕蛙、遠蛙などの表現もあります。実際には蛙の種類によって繁殖期が異なるので、種類別でいう場合はアカガエルやツチガエルは春、雨期によくみかけるアマガエルやヒキガエルは夏、美しい声で涼し気に啼くカジカカエルは夏から啼いていますが、鳴き声が終盤を迎える秋の季語とされています。

季節の言葉は必ずしもその事象の最盛期ではなく、最初に出会う喜びであったり、終わりゆくことの中に、人の心が動かされてきたことの集積なのだと感じます。昔の人のように和歌を詠むことはできませんが、何に心を動かされたのか、考えてみることはできるようにおもいます。もう少しすると目覚めた蛙たちの産んだ卵が孵り、オタマジャクシをたくさんみかけるようになるでしょう。

この池の生々流転蝌蚪の紐 高浜虚子

みなさまは、もう初音をお聞きになりましたか? 私の家の周辺ではまだ聴けずにいたのですが、今年の初音は3月3日、場所は浜離宮朝日ホールとなりました。初々しいその声は、海辺に立つ高層ビルの、隠れるには心もとないような、小さな植え込みの中から聴こえました。立派なホーホケキョではありませんが、久しぶりに聴くその声は清々しく、澄んでいて、まぎれもなくウグイスでした。

浜離宮朝日ホールは、国立がんセンターの先にあります。昨年の今頃、私の親友はこの病院で最後のときを迎えようとしていました。急激に弱っていく彼女の姿が悲しく、人気のない駐車場でひとり慟哭したことが思い出されて、ふいに涙しながら、その前を通りすぎました。私はこの日、ご家族が下さった彼女のものを着て、でかけていたのです。そのあとに、初音を聴きました。あれから一年が経ち、また新しい春がやってきたのです。季節のめぐりは、さまざまな記憶とともに眠り、また目覚めます。

以前、浜離宮朝日ホールにきたときは、冬でした。冷たい石のベンチに座ると、待ち構えていたようにノラ猫がやってきて、すぐに膝の上に乗ろうとしたことを思い出しました。しばらく膝の上で撫でてあげましたが、私が立ち上がると猫はすぐに別の人のところに行き、同じように膝に乗ろうと試みましたが、すげなく拒否されていました。よほど猫好きな人でないと、ノラ猫を膝にのせたり、撫でてやったりはしないのかもしれません。しかしオフィス街ですから、替わりばんこにやってくる猫好きな人達の愛情を受けてもいたのでしょう。親切な人にもらわれていったのか、冬を越せずに息絶えたのか。春、その猫はもう見当たらず、幼いウグイスの声だけが響いていました。

鴬を魂に眠るか矯柳 芭蕉

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