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今回は山の日のルーツについて学んでみましょう! こよみの博士ひろちか先生
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19世紀末から20世紀初頭にかけて浮世絵はヨーロッパの美術界に新風を吹き込み、ジャポニズムとよばれる風潮を生み出しました。ケイト・グリーナウェイのカレンダーもその影響をこうむっていることは先回(第90回)の本コラムで紹介したところです。今回話題にするのは、浮世絵の美人画がカレンダーという媒体に乗って海を渡り、会社の得意先に届けられたという件についてです。

横浜に川俣絹布整練(現、川俣精練)という会社がありました。1899年の創立です。高級シルクで知られる川俣羽二重(はぶたえ)を主力製品とし、欧米に販路を広げていました。川俣というのは福島県の地名で、日本屈指の絹織物の産地です。天女の羽衣をおもわせる薄くてしなやかな羽二重は貴婦人のストッキングや夜会用手袋として欧米で人気を集めていました。絹は当時、日本の輸出産業の花形で、横浜の港からフランスのリヨンに向け、盛んに輸出されていたのです。この会社の創業者である忽那惟次郎(くつなこれじろう)はさらなる販路拡大のため一計を案じ、浮世絵のカレンダーを商品と商品の間に挟み込み、取引先への広告媒体に仕立てあげたのです。そのアイデアは年末年始の配りものを兼ねた引札暦、つまり会社名の入った一枚摺りの広告(引札)に新暦と旧暦をつけたカレンダーに由来すると考えられます。

川俣絹布整練の外国向けカレンダーは12枚もので英字を使用しています。そのデザインは木版多色摺りの美人画をメーンに、上段と下段にそれぞれ会社の商標と会社名・住所を記載し、空白部分に月ごとの七曜月表を配したものです。縦型と横型の2種類があり、1909年から4年間つづきました。

木版は再利用したもので、版元は滑稽堂秋山武右衛門の所有するところのものでした。その頃の浮世絵版画(錦絵)はどんどん下火になっており、カレンダーへのリユースによってひとつの活路をみいだそうとする試みであったかと思われます。浮世絵師には右田年英、水野年方、池田輝方、河鍋暁翠(きょうすい)が名を連ねています。繊細な筆使い、淡い背景、そして摺りの精巧さは外国の取引先を魅了したにちがいありません。1909年のカレンダーでは右田の「美人12姿」、水野の「今様美人」、池田の「江戸の錦」といったシリーズから月毎にふさわしい美人画を選択しています。ちなみに、1910年3月のものには喜多川歌麿の「大加らくり」、1911年9月には小林清親の「小手子姫」(川俣に養蚕と機織りを伝えた姫)、1912年2月にはゴッホに影響を与えた歌川広重の「亀戸梅屋舗」が選ばれています。

商標には鹿が2匹デザインされ、DEER(鹿)AND STAG(牡鹿)とPURE SILKの文字が配されています。横浜には当時、日本絹布整練という会社があり、「鹿印」に対抗して「蜂印」をトレードマークとしていました。その両社が合同するのは1912年ですが、それまで「鹿印」のほうが競争優位をねらってか、商売相手に美人画を送り届けていました。

名入れの部分にはThe Kawamata Kenpu Seiren Kabushiki Kaisha, (The Kawamata Silk Refining Co., Limited.) とあり、No. 7, Masagocho Itchome, Yokohama, Japan.と住所を入れています。

カレンダーは青の一色摺りで、日曜日を赤にはしていません。日曜日からはじまり土曜日に終わる七曜の並びです。また、すべてが英字ではなく、「明治四十二年」「一月」のように漢字も使用しています。

現存する川俣絹布整練の錦絵カレンダーには1911年の河鍋暁翠のものもあります。これは「大和錦絵」と題された12枚シリーズの再利用で、有名な絵師の筆意を模したものです。絵師のなかには岩佐又兵衛、狩野探幽、月岡雪鼎、菱川師宣などが含まれていました。父である暁斎(きょうさい)の名を冠した河鍋暁斎記念美術館(埼玉県蕨市)では暁翠のカレンダーも所蔵し、時に応じて展示しています。

【参考文献】
岩切信一郎「明治の大量出版物―暦とカレンダー」『版画藝術』39巻3号、2010年。

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日本カレンダー暦文化振興協会 理事長

中牧 弘允

国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授。
吹田市立博物館館長。専攻は宗教人類学・経営人類学。
著書に本コラムの2年分をまとめた『ひろちか先生に学ぶこよみの学校』(つくばね舎,2015)ほか多数。

中牧弘允 Webサイト
吹田市立博物館Webサイト