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十二支の申-猿文化の古今東西

今回は猿文化の古今東西について学んでみましょう! こよみの博士ひろちか先生
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東北の南部藩では文字の読めない人のために絵文字と記号を組み合わせた暦がつくられていました。いわゆる文盲の人びとを対象とし、歴史的には「盲暦(めくらごよみ)」とよばれました。本稿ではそれを「絵暦(えごよみ)」と言い換え「南部絵暦」として紹介します。

南部絵暦には田山暦(たやまごよみ)と盛岡暦(もりおかごよみ)の二種類があります。前者は秋田県と青森県との県境にある田山という小盆地で生まれました。後者は南部藩の城下町でつくられました。前者が先行し、現存する最古のものは天明3(1783)年にさかのぼります。後者は文化7(1810)年のものが明治時代に紹介されていますが、所在不明となっていて、現存資料としては東北大学附属図書館所蔵の文政13(1830)年の暦が最古です。いずれも薄手の和紙であることは共通しています。

最古の田山暦は筆書きに木活字(もっかつじ)を押印した手づくりの暦です。折本の形式をとり、第一折に諸神の方位が記され、第二折から「朔日巳、正月小、庚申二十八日、節分三日、八専二十日」という具合に月ごとの暦情報を十三折までのせています。筆書きは注連縄か紐のようなものを描くときと、数字や記号を入れる時につかわれ、木活字は十二支や節分・庚申などの暦注を示すときに押されています。たとえば節分は鬼がベソをかいた姿であらわし、庚申は申(さる)の木活字を転用し、猿が横に寝ている形をとっています。八十八夜は十夜ともいわれたので重箱と矢の組み合わせとなり、入梅は梅の枝で表象しています。十方暮(じっぽうぐれ)は十を斜めにしたバッテンの記号で表現されています。

田山暦は当時の旅行家や学者などに注目され、広く世間に知られるようになりました。まず京の医師、橘南谿(たちばななんけい)による天明年間の見聞記があり、これは稿本や写本によって評判をとり、後年『東遊記後編』(1797)に収められました。また秋田に長期滞在した旅行家、菅江真澄(すがえますみ)の『けふのせわのの』(1785)や大坂の町人学者、山片蟠桃(やまがたばんとう)の『夢之代』(1820)、さらには北海道の命名で知られる探検家、松浦武四郎(まつうらたけしろう)の『鹿角日誌』(1850)などがあげられます。日本のみならず世界でも知られるきっかけとなったのは、シーボルトの大著『NIPPON』(1832-1882)です。かれはそのなかで「beelden kalender(絵暦)」と名づけて橘南谿の『東遊記後編』にもとづき天明3年の田山暦を紹介しています。

他方、現存する最古の盛岡暦のほうは、木版刷りで大量につくられました。版元は松と田と矢で示され、松田屋と判じることができます。縦327㎜、横145㎜の大きさの柱暦ないし略暦とよばれるタイプです。最上段に年号、年次、十二支がきて、その下段に大の月と小の月が大刀と小刀やサイコロで並び、下部に節分、彼岸、八十八夜、入梅、半夏生(はんげしょう)、寒の入り、夏の土用、二百十日、八専などが配されています。思わず笑ってしまうのは、盗賊が荷を奪う姿で「入梅」(荷奪い)、あるいは禿げ頭に手を当てて「半夏生」(禿げ生ず)と読ませたりする絵柄です。これほどユーモアに満ちているのに、盛岡暦の実物はほとんど残っていません。古暦が不要品の代名詞であることを文字どおりあらわしているようです。ただ幸いなことに、今でも「南部めくら暦―盛岡絵暦」として出版・販売されていますので、ご関心の向きは入手することが可能です。

平成21年 盛岡暦

最後に、絵文字をつかった経文や絵図が存在することにも言及しておきたいと思います。『東遊記後編』には「般若心経」や「観音和讃」などの「絵経」が紹介されていて、それは暦よりも5、60年前から流布(るふ)していたようです。また神戸市立博物館には「無筆重宝国尽案内」(19世紀中頃)という絵図があり、美濃は蓑、伊勢は井桁に背中、というように絵文字で国名をあらわしています。江戸でも「江戸名所はんじもの」(1859)が幕末につくられました。南部の絵経や絵暦が間接的に与えた影響でしょうか!?

【参考文献】
岡田芳朗『南部絵暦』法政大学出版会、1980年。
岡田芳朗『南部絵暦を読む』大修館書店、2004年。

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日本カレンダー暦文化振興協会 理事長

中牧 弘允

国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授。
吹田市立博物館館長。専攻は宗教人類学・経営人類学。
著書に本コラムの2年分をまとめた『ひろちか先生に学ぶこよみの学校』(つくばね舎,2015)ほか多数。

中牧弘允 Webサイト
吹田市立博物館Webサイト