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日本カレンダー暦文化振興協会 中牧弘允

冬至-冬来たりなば春遠からじ

日本カレンダー暦文化振興協会 中牧弘允

国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉
教授。吹田市立博物館館長。専攻は宗教人類学・経営
人類学。

二十四節気 第22 冬至

冬至は二十四節気(にじゅうしせっき)のひとつです。古くは冬至を起点として次の冬至までを一太陽年としていました。それを24等分したのが二十四節気です。ですから、二十四節気は太陽暦ともいえるわけです。二十四節気は二至二分(にしにぶん)の冬至・夏至・春分・秋分を軸とし、その中間点に四立(しりつ)の立春、立夏、立秋、立冬を置いています。二至二分と四立をあわせて八節とよんでいます。

二十四節気の決め方

冬至から冬至を24等分した暦法を恒気(こうき)法または平気法といいます。これにたいし、地球が太陽のまわりを円ではなく楕円軌道で公転していることに気づいてから、春分を起点に地球から太陽の位置が15度移動するたびに一節気を入れていく方法をとるようになりました。これが定気(ていき)法です。楕円を24で割るので、節気と節気のあいだの長さはまちまちとなります。日本では天保暦以降、この定気法が採用されています。

冬至の役割

恒気法から定気法への切り替えにともない、二十四節気の起点は冬至から春分へと変更されました。しかし、冬至はこよみの出発点としてはいまだ重要な役割を果たしています。というのも、旧暦(日本では天保暦を最後とする太陰太陽暦)において閏月をどこに入れるかを判断するときに、冬至を含む月を旧暦11月とするルールがあるからです。実は、冬至だけでなく、大寒を含む月を旧暦12月、雨水を含む月を旧暦正月という具合に、割り振っているのです。

節気と中気

二十四節気は各月の前半を節気(または節、正節)といい、後半を中気(または中)と称しています。節気は奇数番目の立春、啓蟄、清明、立夏、芒種、小暑、立秋、白露、寒露、立冬、大雪、小寒の12です。残りの12は雨水(正月)、春分(2月)、穀雨(3月)、小満(4月)、夏至(5月)、大暑(6月)、処暑(7月)、秋分(8月)、霜降(9月)、小雪(10月)、冬至(11月)、大寒(12月)です。冬至、大寒、雨水など二十四節気の偶数番目が中気であり、中気によってカッコ内の12カ月が決められていました。

朔日冬至

ところが、中気の無い月がときどき出てくるのです。なぜかというと、太陽の動きと月の動きの関係で閏月をもうけないと太陰太陽暦を運用できなくなるからです。中国では19年を一章とし、一章ごとに19太陽年と19太陰太陽年を一致させるように工夫しました。これを章法(しょうほう)といいます。3年に1回ほど閏月を入れるのはそのためです。そのルールが「中気を含まない月を閏月とする」というものです。これで中気の無い月にも前月の月名に閏をつけて閏五月というように呼ぶようにしたのです。しかも、19年ごとに111日がちょうど冬至になるように調整していました。これを朔旦冬至(さくたんとうじ)といいます。ちなみに、旧暦2014年霜月朔日は19年ぶりの朔旦冬至です。

 

メトン周期

他方、古代ギリシャでは天文学者のメトンがこの法則を発見しました。19年に7回、閏月を入れる方法です。それはメトン周期あるいはメトン法として知られています。紀元前5~6世紀ごろ、ギリシャではメトン法、中国では二十四節気を考案して、太陰太陽暦を運用するようになったのです。

冬来たりなば遠からじ

ところで「冬来たりなば春遠からじ」という文語表現があります。これは漢詩の一節かとおもわれるかもしれませんが、ヨーロッパの近代詩の翻訳です。イギリスの詩人パーシー・シェリーが1819年に詠んだ詩「西風の賦」(Ode to the West Wind)の末句にあるものです。荒々しい西風は秋の息吹で、枯葉が舞うが、種を吹き飛ばし、やがて妹の春風が吹くと、眠れる大地を呼び覚まし、木々のつぼみに生気を吹き込む、と詠っています。社会変革をめざしたシェリーが、同年8月にマンチェスターのピータールーで発生した虐殺に想いを馳せ、イタリアでつくった作品と解釈されています。その最後の節は新約聖書の黙示録を想起させ、革命家たちに霊感を吹き込んでいるのです。

風よ、予言のラッパを吹き鳴らせ
The trumpet of a prophecy! O Wind,
冬来たりなば春遠からじ
If Winter comes, can Spring be far behind?