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国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉
教授。吹田市立博物館館長。専攻は宗教人類学・経営
人類学。

イスラーム暦は別名ヒジュラ暦と言います。むしろ、ヒジュラ暦のほうが正式名称といっていいかもしれません。なぜなら、ヒジュラを紀元とするからです。ヒジュラとはムハンマドが信者を率いてメッカからメディナヘ移住したことをさします。迫害を避けて活動の拠点を移動したのです。日本語ではふつう聖遷と訳されています。
イスラームは西暦7世紀の初頭、ムハンマドにくだされたアッラーの天啓に起源をもっています。かれは預言者としての自覚をもって宗教活動をはじめましたが、巡礼地として繁栄していたメッカでは、有力氏族のクライシュ族から迫害されました。そこで、数百人の信者をしたがえて北方約400キロの町メディナに逃避したのです。ヒジュラ暦はこの年(西暦622年)を紀年とする暦法なのです。

ここで注意すべき点が二つあります。ひとつはヒジュラ暦の紀元は年であって、特定の日にちではないことです。聖遷の年が紀元であって、移動を開始した日でもメディナへの到着日でもありません。もうひとつの点は、ムハンマド自身がヒジュラ紀元を制定したのではないことです。かれの後継者であるところの二代目カリフ、ウマル1世によって、ムハンマドの死後7年目に定められました。ちなみに、カリフとは後継者を意味するアラビア語で、イスラーム共同体の指導者の称号として長く使われてきました。

ヒジュラ暦は純粋の太陰暦です。ムハンマドにアッラーの啓示がくだり、1年は12カ月となりました。それまでのアラビア半島ではユダヤ暦に学んだ太陰太陽暦をつかっていました。つまり、第13番目の閏月が3年に一度ほど挿入されていたのです。メトン周期として知られる19年7閏法にもとづくものでした。その太陽暦の部分をバッサリ切ったのがヒジュラ暦です。

ヒジュラ暦のひと月は29日(偶数月)と30日(奇数月)からなり、1年は354日です。ただし、閏年で若干調整します。閏年には1日を12月に加え、355日とします。12月は偶数月ですから29日ですが、閏月のときには1日を加えますので30日となります。閏日が入るのは1年の最後ということです。文字どおり「大晦日」、すなわち1年の最後の晦日(三十日)です。この閏年は30年に11回めぐってきます。30年間に平年が19回、閏年が11回というわけです。

 
   

ヒジュラ暦の月名は1月(ムハッラム)、2月(サファル)、3月(ラビー・アルアウワル)、4月(ラビー・アッサーニー)、5月(ジュマーダ・アルウーラー)、6月(ジュマーダ・アルアーヒラ)、7月(ラジャブ)、8月(シャーバーン)、9月(ラマダーン)、10月(シャウワール)、11月(ズー・アルカーダ)、12月(ズー・アルヒッジャ)です。9月のラマダーンは断食月、12月のズー・アルヒッジャは巡礼月です。年末にはメッカへの巡礼が推奨されています。
たほう、曜日のほうはアッサブト(7の意味、土)、アル・アハド(1の意味、日)、アッリスナイン(2の意味、月)、アッスラーサーッ(3の意味、火)、アル・アルビアーッ(4の意味、水)、アル・ハミース(5の意味、木)、アル・ジュムア(集まる日、金)の順になっています。集団礼拝日が金曜日にあたり、国によって異なりますがイスラーム圏では休日となることが多い日です。