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今回は山の日のルーツについて学んでみましょう! こよみの博士ひろちか先生
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国立民族学博物館(民博)のアメリカ展示場には「アンデスの暦」と称するペルーの板絵がその壁面を飾っています。しかもメキシコの「アステカの暦石」(複製)の対面に展示され、中米と南米とが対比できるように配置されています。とくに前者が古代文明をあらわすのに対し、後者は現代作品であるというちがいは歴然としています。

「アンデスの暦」の作者はニカリオ・ヒメネスという売れっ子のレタブロ(箱型祭壇)作家です。民博の藤井龍彦教授が資料収集で現地を訪れた際、レタブロを求めて立ち寄ったリマの工房で、この作品を見つけました。12の長方形に月ごとの行事が描き込まれているので、まさに「月次絵(つきなみえ)」といった風情です(第89回参照)。つまり、双方とも年月日を知るものではなく、1年の暦の循環にかかわる芸術作品であることに共通性があります。

「アンデスの暦」は三段構成をとっています。上段が1月から4月、中段が5月から8月、下段が9月から12月です。それぞれの月の行事は「東方の三博士」(1月)、「カーニバル」(2月)、「家畜増殖儀礼」(3月)、「イースター」(4月)、「十字架の儀礼」(5月)、「サン・ファンの祭り」(6月)、「コンドル・ラチ(闘牛)」(7月)、「灌漑溝清掃の祭り」(8月)、「種まき」(9月)、「守護聖人サン・フランシスコの祭り」(10月)、「墓参り」(11月)、「クリスマス」(12月)となっています。

このうち、先スペイン期、すなわちコロンブス到着以前のインカの伝統と関係があるのは、家畜増殖儀礼、灌漑溝清掃の祭りと種まきです。3月の家畜増殖儀礼の場面には、6頭のリャマと2頭の牛がいて、交尾するリャマが目に入ってきます。増殖儀礼そのものの描写はなく、弦楽器をつまびく歌い手が中央に陣取っています。灌漑溝清掃の祭りには3人の歌い手と6人の踊り手が登場し、太鼓や笛、弦楽器のお囃子にあわせ、輪になって踊っています。種まきのシーンは雪を冠った高山のふもとで展開します。牛に犂(すき)を牽(ひ)かせるのは男の仕事で、種をまいているのは女性です。ただし、牛による犂耕(りこう)はスペイン人がもたらしたもので、伝統的には踏鋤(ふみすき)で畑を耕しトウモロコシの種をまいていました。

スペイン人はまたキリスト教(カトリック)を普及させたので、クリスマスや三博士の訪問、カーニバルやイースター、聖人の祭りなど、教会暦にもとづく行事がならんでいます。11月の墓参りも万霊節の流れをくむものです。教会はアンデスの先住民(インディオ)の宗教的観念を習合させながら、土着化をはかってきました。逆に言うと、先住民は、カトリック教徒になりすましながら、伝統的な信仰を守ってきたのです。

たとえば、「パチャママの門」とよばれるレタブロが民博に展示されています。それを見ると、アンデスの雪山には女神パチャママがあたかも地中に潜んでいるかのように表現されています。地表には大地の恵みであるトウモロコシやジャガイモが描き込まれています。山や畑はたんなる土地ではなく、地母神の宿る恵みに満ちた土壌にほかなりません。

スペイン人はまた闘牛を新大陸に持ち込みました。しかし、アンデスで根付いたのはコンドル・ラチという闘牛です。コンドルを皮ひもで雄牛の背にくくりつけ、嘴(くちばし)で横腹をつつかせて、牛を興奮させるのです。レリーフをよく見ると、血が滴っているのがわかります。コンドルと牛はしばしばインディオとスペイン人になぞらえられ、土着と外来、あるいは征服、被征服といった見方から分析されてきました。しかし、コンドルは腐肉を食し、腐敗死を阻止する存在として、家畜繁殖儀礼においては肉処理と骨の始末のモデルでもあります。その点では、闘牛を生と死、あるいは再生や繁殖にかかわる儀礼と見なすこともできるでしょう。いずれにしろ、コンドル・ラチはスペインとアンデスの習合文化の結晶にほかなりません。それが「アンデスの暦」に見事に表象されているのです。

【参考文献】
友枝啓泰『雄牛とコンドル―アンデス社会の儀礼と民話』岩波書店、1986年。
藤井龍彦「装飾品としてのカレンダー―ペルー」『国際交流』第99号、2003年。

 

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日本カレンダー暦文化振興協会 理事長

中牧 弘允

国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授。
吹田市立博物館館長。専攻は宗教人類学・経営人類学。
著書に本コラムの2年分をまとめた『ひろちか先生に学ぶこよみの学校』(つくばね舎,2015)ほか多数。

中牧弘允 Webサイト
吹田市立博物館Webサイト