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御堂関白記-具注暦の日記 こよみの博士ひろちか先生
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「御堂関白記」って?

『御堂関白記(みどうかんぱくき)』は藤原道長の日記です。日記は暦の余白に記されていました。当時の暦は具注暦(ぐちゅうれき)とよばれていて、具(つぶさ)な注、つまり詳細な暦注(れきちゅう)がついていました。すべて漢字で書かれたのが具注暦であり、のちに仮名をつかった仮名暦(かなごよみ)が発展していきます。暦の体裁は紙の巻物です。暦注は縦の1行をつかって記され、そのあと「間空き(まあき)」(間明き、とも)という、ふつうは2行、ときに5行の空白がもうけられ、そこに日記が書き込まれたのです。それは具注暦の日記なので「暦記」と称することもあります。

道長の暦記である『御堂関白記』は自筆本の14巻が残っていて、国宝となっています。近衛家の陽明文庫に所蔵され、暦では唯一の国宝指定を受けている貴重な資料です。現存するのは長徳4年(998)から治安元年(1021)にかけての、道長33歳から56歳までの時期で、その6年後、道長は62歳の生涯を閉じました。

イラスト1
10メートルのスケジュール!当時の暦

暦をつくる仕事は陰陽寮(おんようりょう、おんみょうりょう)の暦博士(こよみのはかせ、れきはかせ)の担当でした。毎年、11月1日に天皇に翌年の1年分、2巻を奏進しました。これが御暦奏(ごりゃくそう)とよばれる行事です。天皇用の御暦は春夏を上巻、秋冬を下巻としました。しかし、中宮(ちゅうぐう)や東宮(とうぐう)、あるいは役所・役人用の暦は一巻に仕立てられました。それを広げると、長さは10mにも及びました。他の貴族たちは陰陽寮や暦家にたのんだり、みずから書写したりして、具注暦を翌年のために用意しました。

自筆本『御堂関白記』は半年分を一巻とするものです。しかし、上下巻ともに存在する年はありません。その理由は、道長の血筋を引く摂関家が近衛家と九条家に分かれたときに分割されたとかんがえられています。

イラスト2
具注暦の内容と使用例

一般に具注暦の巻頭(かんとう)には八将神(はっしょうしん)の方位、月の大小、年間日数などが記されました。次いで日々の暦注の説明がなされています。さらに月のはじめには月建(つきだて)と称する月ごとに変化する事項が二行で記入されました。そしてようやく日ごとの暦注が一行で掲載されたのです。その行頭にはまず宿曜(すくよう、しゅくよう)が書き込まれ、上段に日付、干支、納音(なっちん)、十二直(じゅうにちょく)、中段に没滅(もつめつ。没日・滅日)、二十四気、七十二候、六〇卦(け)、朔弦望など、下段には大小歳、日の出入り時刻、日月食などが墨書されました。最後に、巻末に暦奏(りゃくそう)の年月日と造暦者たちの署名がつきました。造暦は暦博士の所管でしたが、『御堂関白記』の頃は短期間ではありますが、僧侶の宿曜師も一緒に製作に関与していたようです。というのも、宿曜道にもとづく七曜や二十七宿が朱書きの別筆で書き込まれているからです。

さて道長の祖父である藤原師輔(もろすけ)は『九条殿遺誡(くじょうどののゆいかい)』のなかで、朝起きてまず守り星の名を7回唱え、次に鏡に映る自分の顔を見、暦を見て日の吉凶を知るべし、と書き残しています。そのくだりの最後では、昨日のことを「間空き」に記してから粥を食べるよう日記の記入をすすめています。

イラスト3

『御堂関白記』はいわゆる摂関政治の栄華をきわめた道長が書き残しただけに、その史料的価値は言うまでもありません。くわえて暦学にとっても第一級の資料的な価値があります。その一例が、先述した宿曜師の関与です。『宿曜経』は空海が唐から持ち帰った経典ですが、インドの天文・暦法が仏典として中国に伝わったものです。『御堂関白記』は実は七曜星の吉凶が記載された最古の具注暦でもあり、インドの占星術にもとづく占いもまた平安貴族たちの日常をしばっていたのです。その典型が二十七宿(二十八宿)ですが、これについては稿を改めなければなりません。

【参考文献】
岡田芳朗ほか編『暦の大事典』朝倉書店、2014年。
倉本一宏『藤原道長の権力と欲望―「御堂関白記」を読む』文藝春秋社、2013年。
暦の会編『暦の百科事典』新人物往来社、1986年。

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日本カレンダー暦文化振興協会 理事長

中牧 弘允

国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授。
吹田市立博物館館長。専攻は宗教人類学・経営人類学。

中牧弘允 Webサイト
吹田市立博物館Webサイト

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